田舎移住で気づいた「本当に必要なもの」と「手放してよかったもの」
目次
都会を離れて、初めて「余白」の意味がわかった
たとえば、朝目が覚めたとき、最初に聞こえてくる音が何かで、その日の気持ちはずいぶん変わります。電車の音でも、スマートフォンの通知音でもなく、川のせせらぎや小鳥の声が耳に届く朝。田舎に移住して最初にびっくりしたのは、そんな小さな「当たり前」が、どれだけ心を整えてくれるかということでした。
また、都会にいた頃の自分を振り返ると、毎日何かに追われていた気がします。仕事の締め切り、SNSの更新、誰かの期待に応えること。それらをこなすために生きていたような、そんな感覚すらありました。
しかし、岐阜県の板取川沿いに暮らし始めてから、少しずつその感覚が溶けていきました。忙しさの中に詰め込んでいたものを一度空にしてみると、意外なほどすっきりとした気持ちになれたのです。
そして、その「空いたスペース」こそが、余白だったのだと気づきました。何かを詰め込むための容れ物ではなく、ただそこにある、なにもない時間と空間。宿泊施設YOHAKUという名前には、そういう思いが込められています。余白は、失うものではなく、取り戻すものなのかもしれません。

2025年7月にオープンした一棟貸し宿YOHAKU
手放してよかったもの、3つの正直な話
「スピード」という強迫観念
つまり、都会の暮らしとは「速さ」の連続でした。素早くメールを返す、効率よく仕事をこなす、短時間で情報をインプットする。速いことが善で、遅いことは怠慢だという空気が、知らないうちに染みついていたのです。
そのため、田舎に来た最初の頃は、ゆっくり流れる時間にどこか焦りを感じていました。農家のおじさんがのんびりと畑を耕している姿を見て、「もったいない」と思ってしまったほどです。
むしろ、今では逆の感覚があります。ゆっくりやるから見えるもの、丁寧にやるから残るものがある。板取川の水が時間をかけて岩を削るように、暮らしも急がないほうが深くなる。そのことに気づいてから、「スピード」への執着を手放せました。
「つながりすぎること」への疲れ
さらに、SNSのフォロワー数や「いいね」の数が気になって仕方なかった頃の自分を、今では少し遠くに感じます。発信することで承認を得て、承認されることで次の発信を生む。そのループの中に、本当の自分の声はあったのでしょうか。
一方で、田舎の人間関係はもっとシンプルです。顔を見て話す、困ったら助け合う、一緒にご飯を食べる。デジタルのつながりと違って、泥臭くてアナログで、でも確かに温かい。
もちろん、SNSを全部やめたわけではありません。ただ、「つながりすぎること」をやめたら、本当に大切な関係が浮かび上がってきた気がしています。
移住して、本当に必要だとわかったもの
なぜなら、田舎暮らしは不便だからこそ、何が本当に必要かを教えてくれます。コンビニが近くにない、電車が1時間に1本しかない、夜は真っ暗になる。そういう環境に置かれると、人は驚くほどシンプルに生きられることがわかります。
実は、必要なものを並べるとそれほど多くはありません。安全な水と食べもの、雨風をしのげる家、信頼できる人との対話、そして——からだが感じる「気持ちよさ」。
その「からだの気持ちよさ」を一番実感できるのが、サウナと外気浴です。ITADORI SAUNAの公式サイトでも紹介しているように、板取川のすぐそばで熱したサウナに入り、そのまま川に飛び込む体験は、都会のどんな娯楽とも違う感覚をもたらしてくれます。
「ととのう」ことと、「余白」はつながっている
特に、サウナに入った後の外気浴の時間が好きです。何もしなくていい、何も考えなくていい、ただそこに横たわって空を見ている。それだけで、からだの力が抜けていく感覚があります。
加えて、板取川の水は驚くほど澄んでいて冷たくて、真夏でも川に足を入れた瞬間に「あ、生きてる」と思えるほどです。都会のスパやジムでは絶対に味わえない、自然が作り出した最高の水風呂がそこにあります。
ちなみに、サウナの効果について深く知りたい方には、サウナイキタイというサイトも参考になります。全国のサウナ愛好家が集まるコミュニティで、さまざまな施設の体験談を読むことができます。
だからこそ、「ととのう」という感覚は、ただの気持ちよさではなく、自分の本来の状態に戻ることなのかもしれません。余白をつくることも、サウナに入ることも、根っこは同じだと思うのです。削ぎ落として、整えて、戻っていく。

無加工でこの綺麗さ
「豊かさ」の定義を、自分で決め直す
それだけでなく、移住して気づいたのは、「豊かさ」という言葉の意味が人によって全然違うということです。広い家、高い年収、海外旅行の回数——そういった指標で豊かさを測っていた頃の自分は、常に誰かと比べていました。
とはいえ、今の暮らしが完璧かといえば、そんなことはありません。不便なこともあるし、収入が減ったことも正直なところです。それでも、朝の川の音を聞きながらコーヒーを飲んで、夕方にサウナに入って星空の下で外気浴をする日々は、以前より確かに豊かだと感じています。
その結果、自分にとっての豊かさが「体験の質」にあるとわかりました。何を持っているかではなく、何を感じているか。どこに行ったかではなく、そこで何と出会ったか。そういうことが、じわじわと大切になってきました。
また、田舎には「贈り合い」の文化があります。近所の畑でとれた野菜をおすそ分けしてもらったり、地元の人に山菜の取り方を教えてもらったり。お金を介さないやりとりの中に、思わずほっこりする豊かさがあるのです。
一度、余白の中に飛び込んでみてほしい
もしあなたが今、なんとなく疲れていたり、何かが足りない気がしていたりするなら、板取川のそばに来てみてください。移住しなくてもいい。まずは一泊、余白の中に身を置いてみることから始められます。
そして、宿泊施設YOHAKUは、まさにそのための場所です。何もしなくていい時間、誰かに見せなくていい自分、結果を出さなくていい一日。そういう「余白」をまるごと体験できる宿泊施設として、多くの方に喜んでいただいています。
なぜなら、本当に必要なものを見つけるには、一度「いらないもの」を手放す体験が必要だからです。ITADORI SAUNAの公式サイトでは、板取川のアウトドアサウナ体験の詳細もご覧いただけます。自然の中で汗を流し、冷たい川に飛び込んで、空を眺める。それだけで、何かが変わっていくはずです。
むしろ、移住や田舎暮らしへの答えは、来てから見つかるものだと思っています。頭で考えるより先に、からだで感じてみること。板取川の風と水が、きっと何かを教えてくれます。


